方格規矩鏡片
内行花文鏡片
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由良川流域行で鏡と言えば「景初四年」の年号を持つ広峯15号墳出土の盤龍鏡を思い浮かべる。しかし、ほかにも11枚の鏡が出土していることは、あまり知られていない。 今回は、そのうちの1枚を紹介しましょう。 広峯15号墳の調査と同じ1986年、15号墳の東にあった寺ノ段古墳群の調査が行われた。古墳時代初頭に造られた2号墳で、幅4.0m長さ6.3mの巨大な墓穴が見つかった。古墳時代の始まりを告げる有力者の墓であろうか。期待を押さえ、慎重に調査を進めた。 1mも掘り下げただろうか、ようやく木棺の跡が確認された。棺内の土を取り除くうち、うっすらと赤みがさす。朱だ、いよいよ底も近い。続いて、青黒いなにかが顔を出した。 青銅のようだ。鏡か? 鏡にしては円くない・・・ 結局、出土したものは、直径11cmの方格規矩鏡と呼ばれる中国製の鏡の半分だけであった。なぜ半分だけなのだろうか。 よく見ると、鏡の破片は丁寧に磨かれ、紐を通す小さな穴があけられている。ペンダントにされていたのだ。王者のシンボルとして、王様の胸で不思議に輝いていたのだろう。 当時、鏡の輸出国であった中国が戦乱の中、鏡の入手が困難になり、鏡を割って数を増やして使ったという説がある。 しかし、日本には銅鐸を作る優れた技術があった。ペンダントなど簡単に作れただろう。わざわざ鏡の破片を大切に使ったのは、鏡の持つ不思議な力を信じていたのであろうか。 そして、鏡に映る大陸の文化や権威を見ていたのだろう。国際社会の一員として海の向こうの大陸を意識していたのである。中国製の鏡を使うことが大切であったのだろう。 また、鏡片は九州から瀬戸内を中心に出土する。鏡片を分け合った地域的なまとまりがあったのだ。この鏡の片割れは、どこかの王様が胸に抱いて眠っているのだろう。 小さな鏡の破片であるが、当時の人々の交流の様子や、世界観を雄弁に物語ってくれる。 |
寺ノ段2号墳遠景
寺ノ段2号墳埋葬施設
埋葬施設木棺内鏡片出土状況
寺ノ段2号墳土器棺