1996.10.16sat〜11.23tue
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2代稙元が1713年(正徳3)、後に8代将軍となる紀州藩主徳川吉宗に対して、尾張6代藩主の相続が尾張中将に命じられたことを書状で知らせた。これに対して吉宗が感謝を伝えた返事。この書状からも、稙元が幕府内で一目置かれていたことがしのばれます。 |
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寂了庵星橋と号して、絵画は幕府奥絵師木挽町狩野家4代目栄川古信に師事し、本格的な狩野派の作品と定家流の書が遺されています |
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但 州 城 崎 温 泉 道 中 記 朽木綱貞作 1777年(安永6) |
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1777年(安永6)城崎温泉から天の橋立へ保養に出かけた際の和歌を交えた紀行文。定家流の書と、文人としての実力が伝わる貴重な資料。大名の紀行文としても、重要です。装丁も、色紙を用い、心配りの行き届いた仕上がりとなっています。 |
パリ
泰西與地図説 8代昌綱 1789年(寛政1)
西 洋 銭 譜 8代昌綱 1787年(天明7)
昌綱は当時、有数のコインのコレクターとして知られていました。