1996.10.16sat〜11.23tue
朽木氏は、宇多源氏佐々木氏の流れをくみ、四目結の紋所を用いています。
福知山藩主 朽木十三代
朽木氏は、1669年(寛文9)に土浦藩(茨城県)から福知山藩へ国替えになり、明治維新(1868年)まで199年間、福知山藩の藩主でした。
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1 稙昌┬── 2 稙元 ── 3 稙綱 ├── 4 稙治 ├── 女 ── 5 玄綱 ── 7 鋪綱 ── 9 倫綱 ── 11 綱條 |
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こいつはいったいなんだ? |
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蘭学階梯 1788年(天明8) 大槻玄沢の著した、蘭学・オランダ語の入門書。
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また地理学も学び、ヨーロッパの地理や都市を紹介し、江戸時代最高の地理学書といわれる「泰西與地図説」を著し、広い先進的な視野をもっていたことがうかがわれます。
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福知山初代 |
伊予守 稙昌(たねまさ)(1643〜1714) 1669年(寛文9)に茨城県土浦藩から福知山藩に移封され、27歳〜67歳の39年間福知山の藩主でした。 |
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二代 |
民部少輔 稙元(たねもと)(1664〜1721) 幕府奏者番として、8第将軍吉宗の御朱印状の発給を担当するなど、別格の活躍をしています。 |
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三代 |
伊予守 稙綱(たねつな)(1710〜1726)享保6年(1721)12歳で藩主となりましたが、病弱で17歳で病死してしまいました。 |
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四代 |
土佐守 稙治(たねはる)(1665〜1741) |
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五代 |
土佐守 玄綱(とうつな)(1709〜1770・美濃岩村藩 松平家より養子) 20歳で藩主となり、42年の長期間藩主でした。8代将軍吉宗の治世にあたり、享保の改革が押し進められた時期に当たります。 |
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六代 |
出羽守 綱貞(つなさだ)(1713〜1788) |
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七代 |
伊予守 鋪綱(のぶつな)(1730〜1789) |
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八代 |
近江守 昌綱(まさつな)(1750〜1802) |
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九代 |
土佐守 倫綱(ともつな)(1767〜1802) |
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十代 |
土佐守 綱方(つなかた)(1786〜1838) |
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十一代 |
隠岐守 綱條(つなえだ)(1801〜1836) |
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十二代 |
近江守 綱張(つなはる)(1816〜1867・近江膳所藩本多家より養子) |
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十三代 |
近江守 為綱(もりつな)(1845〜1883) 1867年(慶応3)23歳で藩主となりましたが、翌年明治維新を迎えました。1869年(明治2)には福知山藩知事となり2年間努め、版籍奉還、廃藩置県など藩政度からの大変革を大きな混乱もなく乗り切りましたました。 |
軍事演習の様子 1893年(明治26)