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7:40チェックアウト。サメダンを拠点にしたのは正解だった。各地へのアクセスも便利で、サンモリッツ程人も多くなく、宿泊料も割安だ。

今日は今までで一番雲もすくない。8:13発に乗る。列車の一番前の車両は、牛の模様等がありカラフル。客席もあるが皮臭いので、普通の車両に行く。

Samedanを出て高度を上げて行くと、今日は周辺の雪をかぶった山々が青空に映えて美しかった。

Filisur前後からTiefencastelの間は、線路脇のタンポポや菜の花の黄色が緑の中に点在してきれいだ。

ランドヴァッサー橋は、来る時の見え方の方が良かった。

リンゴの樹だろうか(桜ではないような)、白い花が緑の中の黄色い花と織りなす色合いは、パステル画のようで、里の春の雰囲気をかもしだしてくれた。

Reichenau-Tannius(ライン川の2つの源流が合流する村)に9:53着。乗り換えて10:11発。

10:56Trun着。みんな降りてバスに乗るので不思議だったが、あとで列車が不通になっている事がわかる。

駅を出て左に進むとインフォメーションがあった。まず、スルシルヴァン美術館のオープン時間を聞く。水曜で開いているが14~17時なので、トゥルン滞在予定時間を2時間伸ばして見る事にした。地図にカリジェのアトリエの場所の印をつけてもらった。

駅を出て同じく左に進むと雑貨店があり、カリジェの絵本「フルリーナと山の鳥」の主人公フルリーナが壁に描かれている。

この絵は、小学校の向かって右手の道を登った所にあるホテルDULEZIの入り口を入った所に、かなり大きなリトグラフが飾ってある。

ここのトイレに行く通路にも何枚か絵があった。

さらに街道を進むと、教会の左の建物の壁には、上から3段、横に4つずつカリジェが描いた絵がある。

朝、昼、夕方、夜。春、夏、秋、冬。水、土、風、火。を象徴した絵だが、カリジェはどんな思いを込めて、ここに絵を残したのだろうか。

1902年、アロイス・カリジェが11人兄弟の7番目として生まれた生家。

クール~チューリッヒなどを経て、58歳でこのトゥルンに戻り、アトリエで次々と絵本を描き、1966年には、国際アンデルセン賞の第一回画家賞を受賞している。

病気になって1997年には、娘が住んでいたチューリッヒ近郊の老人ホームに入るが、1985年トゥルンの養老院(ここにある14 枚からなる作品「十字架の道行」は事前に申し込むと見せてもらえる。どこに申し込むかは不明)に移り、8月1日死去した。

生家の隣りにある教会があり、宗教画もカリジェ作による素晴らしいものだ。

教会の裏側にカリジェの墓がある。生前に自分でデザインしただけに、カリジェらしい色使いの美しく愛らしい天使が見守るお墓だった。合掌。

この教会のすぐ右手先にある美術館はまだ開いていないので、教会の所で来た道を引き返す。

フルリーナの絵の雑貨店の向かい側に小学校がある。成功した後に自分の故郷に帰ったカリジェは、色んな場所にお礼の意味を込めたのか、作品を残している。

カリジェが通った小学校の中にある建物への坂を登ると、壁には学芸会で三賢者の扮装をした子どもの色鮮やかな絵が描かれている。

こんな本物の絵を毎日見て育つ子ども達は、どんな感性を持って成長するのだろうか。

毎日見てると飽きるかな。私なら飽きないなぁ。

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